「最後は自分で決める」——。コンサルを2年で出て、外資半導体企業で年収1300万円をつかむまでのキャリア論

新卒から人事一筋でキャリアを重ね、世界屈指の半導体メーカーのHRBPとして年収1300万円を実現した北山英之さん(仮名)。新卒の日系企業から外資系へのシフト、激務のコンサル時代、育休中の転職活動……。紆余曲折あるなかでも、着実に理想のキャリアに近づいていった北山さんに、転職ストーリーを聞いた。
〈Profile〉
北山 英之(きたやま・ひでゆき)※仮名
外資系半導体関連メーカーHRBP(人事ビジネスパートナー)。早稲田大学卒業後、新卒で日系大手企業に入社。その後、海外経験を経て、外資系IT、コンサルティングファームに勤務したのち、35歳から現職。現在30代後半で年収約1300万円。一貫して人事領域でキャリアアップしている。
理想の働き方を目指し、「人事」を軸に日系から外資へ
――キャリアをさかのぼって、まず新卒の就職活動はどのような意識で取り組みましたか。
北山:新卒では、「人事+日系大企業」という軸で就活をしていました。なぜ人事かといえば、もともと人に興味があったことと、大学時代にさまざまな世代が参加する音楽グループをつくった経験があり、個性や強みを生かした組織づくりがとても面白いと感じたので、組織の能力を最大化するような仕事がしたいと考えました。
日系大企業というのは正直、それほど深く考えていたわけではなかったですね。結果的に、日系大手企業の子会社に入り、人事職としてキャリアをスタートしました。
――日系企業は1社目のみで、2社目以降はおおむね外資系企業でキャリアを歩まれています。日系から外資への転職にはどんな背景があったのですか。
北山:1社目のとき、人事の仕事自体には満足していたものの、社内カルチャーが非常に内向きで、自分自身の今後のキャリアを考えると、ちょっと先が見えない感じがありました。それと大学卒業前の海外旅行の経験も大きくて、もっと英語を使ったり、外国の方と日常的に関わりながら仕事をしたいという思いも膨らんでいた頃でした。
いろいろと考えた末、1社目は3年で退職し、海外へ行くことにしました。1年半ほど海外生活をしたのち、帰国のタイミングで外資系のITスタートアップに入社しました。ここは事業そのものに強い興味があったことと、外資系企業へ進む足掛かりをつくりたいという思いで選びました。
「正直、つらかった」人事コンサル経験で学んだこと
――30代前半で転職した4社目は、コンサルティングファームでした。なぜコンサル業界へ進まれたのでしょうか。
北山:新卒から事業会社の人事をしてきたわけですが、ITスタートアップは事業立ち上げのフェーズで、人事としてもかなりカオスな状況で仕事をしていました。そうしたなかで冷静に人事としての先のキャリアを考えると、次はより大きな枠組みのなかで制度や仕組みづくりについて経験を積む必要がある、それならばコンサルティングファームであろうと考えるようになりました。
――約2年間の人事コンサル時代には具体的にどんな仕事をしましたか。
北山:多様な企業の等級・報酬・評価制度の改訂や、人材育成に関するプロジェクトにかかわりました。誰もが知るような企業2社の統合のタイミングで人事制度改定にかかわる経験もしましたね。ただし未経験でのコンサルは想定以上に辛く、激務でした。自分のスキルが足りなかったからですが……辛かったですね。
――事業会社の人事と人事コンサルの違いは大きかったですか。
北山:自分の想像以上に違いましたね。人事という領域自体は同じであるものの、インハウスのHRとコンサルタントとでは働き方や求められるアウトプットの質・量ともにまったく異なりました。コンサル業界は初めてで大変でしたが、仕事のスピード感やプロアクティブな姿勢など働き方という点で学びも多かったと今は思います。
🔐この先は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。