事業全体を俯瞰(ふかん)しながら、消費者にアプローチをかけていくマーケティング職。上流工程で大きな数字を動かすこの仕事に憧れて「いつかはマーケターに」と考えている人も多いのではないでしょうか。
入間勝さん(仮名)は「自分の手でムーブメントを作りたい」という思いから、新卒で入社した大手小売業から広告代理店に転職。その後はマーケターとして10年、合計8社以上を経験してきました。
今回はそんな入間さんにマーケティングの仕事の醍醐味(だいごみ)、転職の軸やコツについてお伺いしました。
・「マーケティングは事業の代弁者」ベテランが語る、マーケターの醍醐味と責任
・「転職の軸は、マーケターとして何が足りないか」マーケティング職にこだわってきた理由
・「異業界に行くたび、頭から煙が出るほど勉強した」異業界転職で失敗しない仕事&人間関係のコツとは?
・「マーケターを目指すなら積極的な公私混同を」「転職は”自分の状態が良いとき”にすべし」
「マーケティングは事業の代弁者だと思う」ベテランが語る、マーケターの醍醐味と責任
――マーケティングという仕事の醍醐味を一言で表すとしたらどんな言葉になりますか?
入間:事業に対して大きなスケールで関われることですね。マーケティングは事業の代弁者なんです。私自身も若い頃は「派手で面白そう」というイメージでしたが、この仕事の本質はもっと深く、高いところにあると思っています。
そのぶんプレッシャーも大きいですけどね。サービスがローンチする前の夜は、胃が痛くなることもしょっちゅうです(笑)。
――営業とマーケティングには似通った点があるように思いますが、似て非なるものなのでしょうか?
入間:やはりスケールが違います。確かに企業に対して仕掛けていく営業と、消費者に対して仕掛けていくマーケティングという言い方をすれば、「外部に仕掛けていく」という点では共通しています。
ただ誤解を恐れずに言えば、営業は売って終わりになりがちなんです。でもマーケティングは売ったあと、消費者の方々がどんな体験をするかというところまで設計しなければなりません。必然的に業務のスケールが大きくなるんです。
――入間さんは広告代理店と事業会社でもそれぞれマーケティングを経験されていますが、両者の違いについて教えてください。
入間:こちらは業務の「深さ」と「広さ」が違います。広告代理店のマーケティングというのは、クライアントの課題解決の一部分でしかないんです。なので、うまく戦略とストーリー、メディア設計をして集客に成功したらそれでゴール。もし売り切れが起きても広告代理店は特に気にしません。
でも事業会社でそれをやると、確実に怒られます(笑)。
――なぜですか?
入間:売り切れは悪だからです。「それなら最初から予算を組んで在庫を積んでおくところまで設計しなさい」と言われてしまう。
どんな戦略設計をしたら、何がどれだけ売れるから、どんなスケジュールでどれだけの在庫を作っておく必要があるのか、というところまで考えなければならないんです。だから事業会社に移ってからは、必死にサプライチェーンとバリューチェーンについて勉強しましたね。
――入間さんは、そういったマーケティングがしたくて事業会社に移ったのですか?
入間:そうですね。実際、同じ理由で事業会社に移るマーケターは多いようです。
また、私は大学時代から「自分の手でムーブメントを作りたい」という漠然とした夢があって、そのためにはより深く事業に関わることのできる事業会社に移る必要があったんです。
「転職の軸は、マーケターとして何が足りないか」マーケティング職にこだわってきた理由
――ご経歴を見ると、今の会社が9社目とのことですが、どんなことを転職の軸にしてきましたか?
入間:その時々の自分の興味・関心に照らし合わせて、マーケターとして今の自分に足りないスキルが身に付く環境を選んできました。
――年収や待遇などは軸ではなかったのですか?
入間:あまり重要視はしてきませんでした。足りないスキルが身に付くならと、年収を下げて入った会社もいくつかあります。
ありがたいことに、どの会社でも次の会社に移るときには前職よりも年収が高くなっていましたが、あくまでそれは後からついてくるものという認識です。
――広告代理店というキャリアを考えると、マーケティングではなく広報やPRという選択肢もあったと思いますが、マーケティングにこだわった理由は何ですか?
入間:上流から事業に関わるためです。サプライチェーンプランニングにしろ、アライアンスを組むにしろ、マーケティングとしての方が確実に動きやすい。広報・PRだとどうしても受け身の仕事になってしまうんです。
だから今までずっと、マーケティングの腕を磨けるかどうかを軸にキャリアを歩んできました。
「異業界に行くたび、頭から煙が出るほど勉強した」異業界転職で失敗しない仕事&人間関係のコツとは?
――色々な業界を経験されていますが、異業界転職で苦労されたことはありますか?
入間:たくさんありますよ(笑)。中には官公庁と密接に関わっている業界もありましたが、そのときは法令とにらめっこをして頭から煙が出るほど勉強しました。IT業界に入った時も、HTMLさえ知らない状態だったので大変でしたね。
――マーケターでもプログラミングについて知っておいたほうがいいのですか?
入間:現場とコミュニケーションを取るためには、最低限のことは知っておくべきでしょうね。「Webページって、エンジニアが手を動かせば魔法みたいにできあがるんでしょ」みたいなノリで現場に行ったら、確実に嫌われますから(笑)。
――職場を変えるとなると人間関係も一新されるわけですが、早く職場になじむコツはありますか?
入間:「公私混同」「受け入れ力」「敬語」の3つですね。
――まずは「公私混同」から詳しく教えてください。
入間:仕事の日であろうが、休みの日であろうが、とにかく仕事の種になることを見つけて、絶えずアウトプットし続けるということです。
何を考えているかわからない人は怖がられるもの。なぜなら理解ができないからです。だからそうやって頭の中身を共有することで、社内に自分のキャラを理解してもらうわけです。
――では「受け入れ力」とは?
入間:若い人でも年上の人でも、新人でもベテランでも、とにかく他の人の考え方を受け入れて、認めて、褒めることです。
それをすると、みんな自分の考えを自分の言葉で語ってくれるようになります。それだけでもコミュニケーション量は増えますし、相手の考えを知ることができるので、コミュニケーションの質も高まるんです。
――最後の「敬語」はどうでしょうか?
入間:すべての人に対して敬語を使うということです。なにも相手にこびへつらえという意味ではありません。相手への敬意を常に忘れないようにしないと、ちょっとしたことがきっかけで「やっぱりこの人は外から来た人なんだ」と思われてしまうからです。
一度貼られたレッテルは、なかなか剥がせません。そうした事態を事前に避けるために、日頃から敬語を使うようにしています。
「マーケターを目指すなら積極的な公私混同を」「転職は”自分の状態が良いとき”にすべし」
――これからマーケターを目指す人へのアドバイスをお願いします。
入間:マーケターを目指す人は、積極的に公私混同することをおすすめします。知ること・考えることを、どんな時でも続けるんです。マスメディアを見ていても、YouTubeを見ていても、どこの企業がどんな意図で仕込んだものなのかを、考え続ける。
あとは思いついた言葉とか疑問、施策は全部その都度書きためておくことですね。
――それはなぜですか?
入間:書きためたものからアイデアが生まれることもありますし、それらを掛け合わせることで別の切り口から物事を考えられることもあるからです。また、インプットも重要ですね。
――本を読んだり、セミナーに行ったりといったことでしょうか?
入間:それもそうですが、極論すると天井を見上げて「なんであんなところにダクトがあるんだろう?」と考えるのもインプットです。
絶えず思考の種を見つける癖をつけて、考えるためのコンディションを整えておくんです。するといざという時に、即座に良いアイデアが思い浮かぶようになります。
――まるでトレーニングですね。
入間:おっしゃる通りです。考える時間を絶やさず、増やしていかないと、マーケティング脳は腐っていくように思います。だからトレーニングは欠かせません。
――では、最後に転職を考えている人へのアドバイスをお願いします。
入間:転職をするのは、公私共にうまくいっているときにだけにした方がいいと思います。つまりは成功体験が積めた時や、なんとなく先に希望が見える時ですね。
――それはなぜですか?
入間:直感的な話で申し訳ないのですが、身にまとう雰囲気、表情や発言に前向きな気持ちが反映されるからです。
逆に言えば、公私いずれかがうまくいっていない時に転職しようとすると、その気持ちが反映されて、他人から見てどこか後ろ向きに映ってしまうものなんです。
実際、私が面接官として採用に関わった時も、そういう人が何人もいました。悩んでいる時に無理に行動しようとすると、もっと悩みが増えるだけです。何かがうまくいっていないときは、まずコンディションの調整に集中することをおすすめします。